はんこを押して痛い目にあった人をたくさん担当してきた弁護士が伝える実印の重要性

日々の生活の中ではんこを押すシチュエーションはたくさんあるにも関わらず、はんこをポンポンと押したことによってドラブルに巻き込まれた経験がある人は少ないのではないでしょうか。しかし法律関係の仕事をしていると、不用意にはんこを押して痛い目にあった人を担当する機会がたくさんあるのです。

今回は法律事務所に勤務する弁護士の視点から、実印を押すことの重要性をお伝えします。

ピアノをデザインに使用したはんこの作り方や使用方法


三文判はんこは認印に含まれます

まずは実印と認印の違いから解説します。幼少の頃、体育の授業でプールに入る際に保護者からのはんこが必要だった思い出はありませんか?屋外のプールは水温が低く体調を崩しやすいため、保護者が子どもの体温を測ったうえで健康であることの証明として水泳カードにはんこを押す決まりが一部の小学校にあったのです。

簡単にいえばこのプールの授業がある日に押すはんこが、認印に該当します。水泳カードにはんこを押すことで、我が子がプールに入るのを保護者が認めたこととイコールになるからです。このような認印には三文判と呼ばれるはんこが使用されるケースがほとんどです。

三文判は文房具屋などで簡単に購入できるため、自由度の高いはんこだといえます。自由度が高いからこそ、悪用されるリスクもあります。そしてそんな認印のマイナス要素を補うために存在するのが、実印なのです。

唯一無二のはんこが実印です

実印とは、公的機関で印鑑登録されているはんこのことを指します。個人で印鑑登録する場合は各市町村の窓口でできますが、企業が法人として印鑑登録する際はわざわざ法務局まで出向かなければならないのです。個人の印鑑登録は1つしかできないため、実印というのはまさに唯一無二の存在だといえます。

実印は“この世に1つしかないはんこ”という位置づけであるため、重要書類の偽造がされにくいという利点があります。しかし実印が押してある重要書類は効力が強く働くため、他人から勝手に使用されることがないように日頃から管理を厳格にしておかなければなりません。

仲睦まじかったとある夫婦の事例

ここからは私が2カ月前に担当したある女性の事例を紹介します。この女性は11年前に当時結婚していた夫から「君に迷惑がかかることは絶対にないから、この書類に実印を押してほしい」と言われました。夫婦仲は良好で夫のことを信頼していたので、女性は書類の内容をちゃんと見ずに軽い気持ちで実印を押しました。

しかしその書類は夫が事業資金として借入れをした1500万円の連帯保証人になるための契約書だったのです。実印を押した3年後に女性は夫と離婚しました。事業をやっていた夫が家庭をまったく顧みないことに愛想をつかしたのです。

離婚してから2年後に女性は別の男性と再婚し、2人の子どもを授かり幸せな生活を送っていました。

前の夫のことを忘れるほどの満たされた日々です。しかし今年に入って、そんな幸せな生活に亀裂を入れるかのように銀行から督促状が送られてきたのです。

女性側の訴えは認められませんでした

その督促状は“すぐに900万円を支払わなければ、マンションを差し押さえる”という内容でした。差し押えの対象となっているマンションは再婚した男性と共同名義で購入したものです。女性は「私がなんでこんな目に遭わなきゃならいの…」と落ち込みながら私の法律事務所へ相談にきました。

詳しく話を聞くと、この900万円は11年前に元夫か借入をしたうちの未返済分だそうです。元夫の事業が傾き返済しきれなくなったため、連帯保証人になっていた女性のところに督促状が届いたのです。

「これっておかしくないですか?そもそも私が借金をしたわけではありませんし、元夫とは8年前に離婚が正式に成立していますから、連帯保証人の効力はもうなくなっていますよね。

私は900万円を肩代わりする必要はありませんよね」と言いながら、女性は泣きつくような目で私を見てきました。しかし残念なことに女性は連帯保証契約書に実印を押してしまっています。重要書類に実印が押されている以上は、いくら正式に離婚が成立しているといっても、900万円の返済を拒否することはできないのです。

女性が11年前に実印を押した書類は銀行に対する契約書でした。その契約書を銀行に提出したということは”夫が借入れたお金を責任を持って保証します”と約束したこととイコールになるので、女性に返済義務が生じるのです。

再婚相手は「消費者金融に借金をしていなかっただけ、まだましだったじゃん。俺もできるだけ協力するからちゃんと返済しようよ」と言ってくれたそうです。女性は法律的に返済から逃れられないことを十分に理解し、実家の親にも協力してもらいながらその900万円を完済しました。

実印は一度押すと、後戻りができません

今回の事例を読んで「この女性は常識がなさすぎる」という印象を持ったかもしれませんが、同じような状況に置かれたらあなたはちゃんと断ることができるでしょうか。信頼している配偶者や恩義のある親族から連帯保証契約書への実印をお願いされて、痛い目にあっている人は世の中にたくさんいるのです。

また不用意に連帯保証人になるのは良くないことだとわかっていても、「一生のお願いだから…」や「俺のことを助けると思って…」などと懇願されて実印を押してしまい、結局は借金に巻き込まれる事例もたくさんあります。

実印にまつわるトラブルは、決して他人ごとではないのです。認印の場合は本人以外の人が勝手に押している可能性もあるので、はんこと一緒にサインもなければ契約書が無効になることがあります。しかし実印の場合はこの世に1つしかなく印鑑登録もされているものなので、押印したあとに「やっぱりこの契約はなかったことに…」なんてことは簡単にできないのです。

また連帯保証に関することだけでなく、遺産分割協議書においても実印が求められます。遺産分割は期限が決められていて実印を急かされることもあるので、押印後に後悔しないために財産分与に関する知識も予め身につけておくようにしましょう。

他人のトラブルを自分ごととして捉えてほしい

連帯保証契約書に関する家族間のトラブルはいちいちニュースで取り上げられることがないので、世間一般に実印の重要性がいまいち浸透していない部分もあります。だからこそそのような案件を担当している弁護士の私が、こうした情報発信をしているのです。今回の文章を読んで自分ごととして捉えてくれる人が少しでも増えてくれたらありがたいです。あなたがこれから実印を押そうとしているその書類は、本当に大丈夫ですか?